ゲティスバーグ演説

昨日はアメリカの第16代大統領アブラハム・リンカーンが熾烈な南北戦争最中のゲティスバーグで演説をした日から156年目の日だった。

奴隷解放宣言が1863年1月Ⅰ日、ゲティスバーグ演説が1863年11月19日、しかし奴隷解放宣言をしたとて奴隷制度はなくならない。南北戦争終結の条件として南部は奴隷制度維持を持ち出し、解放された人々は奴隷として引き戻される。だから南北戦争終結前にきちんと憲法に奴隷解放の明記が必要だ。平和か奴隷制度維持かリンカーンは苦悩するが、やがて1864年4月8日に奴隷制度廃止改正案が議会で可決される。その経緯を描いた映画がスティーヴン・スピルバーグ監督の映画「リンカーン」である。

この映画の冒頭に、「アメリカの民主主義の試みはその初期の段階から内部分裂の危機にさらされていたーその原因は奴隷制度の問題であった  “半ば奴隷、半ば自由”は人民の政府に矛盾しないか?  奴隷制の南部と自由な北部との対立が激化し、南部11州が連邦から脱退、そして戦争になった」というテロップが流れて映画がはじまる。リンカーン役のダニエル・デイ=ルイスの演技が印象的な映画だった。

さて、ゲティスバーグ演説は奴隷制が当たり前の時代のなかのメッセージである。このメッセージが問いかける意味を私は本当に分かっていただろうか。

戦後4年経って生まれた私は幼い頃にはまだ敗戦直後の残滓が引きずる中で育ったように記憶する。戦争で身体の一部を失った傷痍軍人が道端に坐って物乞いをする姿が今も残像として脳裏に焼き付いている。一方、日本全体が吉田ドクトリンといわれた安全保障をアメリカに担ってもらい経済成長を第一義とした日本の国家戦略のもと、私は民主主義という考え方になんの疑問も持たずに成長していった。そのころにゲティスバーグ演説の「人民の、人民による、人民のための政治」というフレーズが政治のありかたとして当たり前のように思っていたし今もそう思うのだが、日本を含めて世界を見渡したとき果たして156年目にあってもこのフレーズのメッセージが実っているとは言い難い。

なお、日本国憲法の前文に「・・・そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。・・・」という一文がある。この一文は、日本敗戦後にGHQによって憲法草案全文にリンカーンのゲティスバーグ演説の有名なフレーズが織り込まれ、和訳されたという。

日本においてもリンカーンのゲティスバーグ演説は決して無縁ではないどころか、深く結びついている。ゲティスバーグ演説の有名な「人民の、人民による、人民のための政治」というメッセージをあらためて考えなければいけないかもしれない。

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