正月の色

新たな年を迎えた元日の今日、窓から外の様子を覗けば薄白い空が眼にはいる。雪の降らないところでは正月の外の色はどうだろう、その場所ごとに窓から見える色は様々に違いない。

ところで正月の色といえばどんな色をイメージするかというアンケートで赤、白、金の三色を挙げる人が多いという。なるほど解るような気がする。しかし金はこういう色だと無条件にイメージできるが、赤や白に関してはもしかしたら人それぞれにイメージが違うのではないだろうか。

赤といっても「朱」「紅」「茜」など、そして白といっても「月白」「胡粉」「卯の花」など微妙な色合いの違いとそれぞれの属性に見合った名前がある。さらに他にも数多くの色があり、特に日本の色については味わいのある名の色がある。そもそも色の顔料としては植物、鉱物、土、化学染料など多岐に亘る。特に日本の色はいわゆる万葉色でもわかるように自然と深く繋がっている。

志村ふくみ・著「一色一生」
志村ふくみ・著「一色一生」

昨年、金沢21世紀美術館を訪ねた。ミュージアムショップで「一色一生」という文庫本を手に取った。おそらく美術館の白い空間にしばらく身を置いたせいか色という文字に思わず反応したのかもしれない。

著者は染織家であり随筆家の志村ふくみ(1924.9.30~)である。この本を読むと彼女の色に対する姿勢が素直に伝わってくる。染色にあたり野山に植生する自然の植物から彼女が思い焦がれる色を丹念に探し求める。その根本にある姿勢は「色をいただく」という自然への敬意である。

「一色一生」から少し引用する。「蘇芳(すおう)は女のしんの色です。紅の涙といいますが、この赤の領域には、深い女の情をもった聖女も娼婦も住んでいます。」、「紅花の紅は少女のものです。蕾のひらきかかった十二、三歳から十七、八歳の少女の色です。」、「茜は、しっかり大地にはった女の色です。生きる智慧をもった女の赤です。蘇芳が情ならば、茜は知でしょうか。・・・略・・・蘇芳は魔性だと思います。それだけに、ただならず魅惑的です。」というように色を人格として捉えてその個性を尊重して「色をいただく」のである。

ところで、この本の中に「住まいと影」と題するエッセイがある。正月に自宅の床の間に生け花を飾るとき、暗い部屋に縁側から白い障子をとおして入る微かな明るみと部屋に佇む暗みの融けた微妙な空間について、谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」に触れながら書いている。建築の設計に携わる人ならば「陰翳礼賛」は読むべき本の一冊だと思うが、私はこの本を読んで日本家屋に生じる幽玄な闇の空間に惹かれた記憶がある。エッセイ「住まいと影」を読むと幽玄な闇の中に浮かび上がる生け花の色が目に浮かぶ。やはり志村ふくみは色を語っているのである。

志村ふくみは色を人格と捉えてその個性を活かしている。逆に人はどんな色で生きているのだろうか、私の色は茅色だろうか鈍色(にびいろ)だろうか、、、今思えばどうという色も個性もなく生きてきたように思う。

「一色一生」に触発されたせいか、窓から覗いた薄白の空をみて正月の色をきっかけにつらつら雑念して過ごす元日の今日である。

2件のコメント

  1. 明けましておめでとうございます。毎年、新年を迎えて心、新たにするのも三日まで、後は惰性で一年を過ごしてしまう。然らばせめて三日間は殊勝に過ごそうと思う。
    今日のブログのテーマに合わないが年の初めに思ったことを書いてみた。
    今年一年健勝で過ごせますように。

    1. 明けましておめでとうございます。
      今年こそ少しでも平和な世情に近づくように願っています。

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