「わたしを離さないで」

「わたしを離さないで」
「わたしを離さないで」

カズオ・イシグロ・著「わたしを離さないで」を読んだ。作者の小説の中でもおそらく長編の作品だと思うが、時間をかけて読んだ。

全23章の章立てになっている。最初のページを開いて読むと主人公の女性の回想から始まり、長閑な全寮制の学生の日々が綴られる。しかし精緻な文体でストーリィが展開していくものの、薄白い霧に覆われているようにこの小説のテーマを掴むことがなかなかできない。だが、薄白い霧が晴れない苛立ちを感じながらも、次の展開への不思議な好奇がページをめくることを促す。

「ヘールシャム(全寮制の学校)」、「展示会」、「提供者」、「介護人」、「カセットテープ」、「ポシブル」、「終了」といった言葉がパズルのように文体に散りばめられていて、それらの関係性が22章あたりからようやく繋がって解ってくる。

この小説を読み終えて本を閉じると「生命倫理」、「複製人間」といったこの小説に書かれていない言葉がこの小説の背後に隠れていると感じた。が、よく考えるともっと大きなテーマがこの小説を覆っているように思った。それは医療技術の進歩が病苦にある人々へ光明をもたらすと同時に暗影も生じるのだという問題提起を超えて、もっと根源的な「人間が生きるというのはどういうことなのか」ということではないだろうか。

イギリスの小さな田舎町を舞台に展開するこの小説は、世界のあらゆる人に大きなテーマを問いかける深甚な作品だと思った。

 

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