対談集と書簡集

小説家、詩人、画家、音楽家などが対談したり、お互いに手紙をやりとりしたものを読むのが好きである。

向田邦子全対談
向田邦子全対談

対談の名手と言われる人は数多いが、私がこの人こそと思う対談の名手は向田邦子である。色々な対談集を読んでいると、対談のやりとりが上手い人の内面は人好きの部分と人嫌いの部分が同じ割合で共存しているのではないかと思うことがある。そのような好悪の拮抗があればこそ対談の名手たり得ていると言えないだろうか。向田邦子も例外ではない。いや向田邦子のこの対談集を読んでそう感じたのかもしれない。因みに谷川俊太郎との対談はとても面白く、小説家の言葉と詩人の言葉の紡ぎかたの違いをそれぞれ相手から引き出し合うといったスリル感のある綱引きすら感じられる内容になっている。

 

河合隼雄・こころの声を聴く
河合隼雄・こころの声を聴く

また、河合隼雄も私の好きな対談の名手の一人である。河合隼雄の対談集を読むと、あの柔和な眼差しで相手の言葉を引き出しながらもその眼差しの内側に理知的感性が備わっているように思う。やはり谷川俊太郎との対談があり、向田邦子と谷川俊太郎の対談とは違う味わいになっていて、お互いの立場を尊重しながらお互いの知性を交換し合う、つまり河合隼雄から心理学、宗教学などの広範な知見を谷川俊太郎が自分の世界に照らして引き出す。そして谷川俊太郎から詩、言葉、音などの感性を河合隼雄が自分の世界に照らして引き出すといった風である。

 

谷川俊太郎の33の質問
谷川俊太郎の33の質問

谷川俊太郎も多くの対談をしている。谷川俊太郎の対談を読むとジャズのセッションを感じさせる軽妙洒脱な対談が多い。この「谷川俊太郎の33の質問」はこれまでのフリートークのスタイルを敢えて辞めて、33の質問を対談相手に投げかけて対談を進めるスタイルをとっている。33の質問から対談相手がどのようなことを想起しどのような言葉で返してくれるか、谷川俊太郎は詩人としての感性で受け止めて軽いジャブで相手に返す。この本の対談相手の一人武満徹とのトークセッションは芳醇な香りすら感じさせるユーモアたっぷりの洒落た内容であり、私はたまにコーヒーを飲みながら読み返すことが度々である。

 

武満徹対談選
武満徹対談選

その武満徹も対談の名手である。この対談集の相手は音楽家、詩人などが中心である。谷川俊太郎との当意即妙の対談もあってこれも楽しく読めるが、私がこの本で特に興味深かったのはジャズピアニストのキース・ジャレットとの対談である。〈曲を創ることは書くとか作曲するという表現では当たらないように思う。曲を創ることは音を聴くことだと思う〉という意味のことを二人は対談し同調しあっていた。凄いとしか言いようがない。

 

瀧口修造と武満徹展・図録
瀧口修造と武満徹展・図録

武満徹と瀧口修造は私にとって一対の存在となっている。私が大学を卒業してすぐ瀧口修造の著作「近代芸術」「瀧口修造の詩的実験1927-1937」「マルセル・デュシャン語録」そして実験工房設立とその一連の活動にかなり影響された。その実験工房のメンバーの一人が武満徹である。瀧口修造と武満徹とのつながりを改めて確認できたのが18年前に開催された「瀧口修造と武満徹展」であった。そこで展示されていたのが瀧口修造からは15通の、武満徹からは23通の書簡であった。瀧口修造は武満徹の才能を開花するまえから感受していた。そして武満徹は27歳年上の瀧口修造の死に手向けて「私がこれまでの生涯で出逢った多くのひとのなかでも、もっとも美しいひとであった。」とし、「とりわけ瀧口修造は私の良心の支えであった。」と悼む言葉を添えている。この二人の書簡集を読むにつけ心地よい嫉妬すら感じるのである。

 

マティスとルオー 友情の手紙
マティスとルオー 友情の手紙

瀧口修造は詩人であり画家であり美術評論家でもある。瀧口修造の著作「近代芸術」「白と黒の断想」や訳書「芸術の意味」「異説・近代藝術論」がきっかけでとくに西洋芸術の全体像と多くの画家の名前や絵画も知ることができ、絵画へ興味がわいてきて展覧会へ出掛けるようになった。また、美術関係の本などで、その時代その時代の画家同志の交流についても知るようにもなった。この本「マティスとルオー 友情の手紙」は1906年から1953年までの間でかわされた二人の書簡集である。マティスとルオーの画風はまったく異なるも心底信頼し合って芸術に対する感性を深く共有しているのがよくわかる書簡集になっている。

なぜか人物リレーのようなことになってしまった。対談集や書簡集を読むということは、相手の伝えたい言葉をどのよう受取れるか、自分の伝えたい言葉をどのように渡せるかを学ぶことと同義ではないだろうか。そう思いつらつら書いてみた。

2件のコメント

  1. 対談集、書簡集のカテゴリーの中でも作家によって様々な特徴を持って書かれてる事がわかりました。剛君の読書量とジャンルの豊富さにただただ感服してます。対談集、書簡集は敬遠してあまり読んでません。剛君の一押し「向田 邦子 対談集」を読んでみようかな。何か初心者向けの一冊があったら教えて下さい。 

    1. コメントありがとうございます。
      おすすめということですが、向田邦子の対談集が面白いと思います。こんどよければ感想をお聞かせください。

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