共和党ドナルド・トランプが2016年11月8日のアメリカ合衆国大統領選挙一般選挙で民主党ヒラリー・クリントン、リバタリアン党ゲーリー・ジョンソン、アメリカ緑の党ジル・スタインを過半数を超える票数で勝利し、2017年1月20日、第45代アメリカ合衆国大統領に就任した。一般投票の結果はアメリカだけでなく世界中でも予想外だった一方、アメリカという国が本来的に持っているある必然を考えると不思議な結果ではないという見解がある。そのある必然とはいったい何か。森本あんりは2016年の大統領選以前からその必然にアプローチして『反知性主義〜アメリカが生んだ「熱病」の正体』を執筆していた。
著者は、1620年9月にイギリス国教会の弾圧を受けた清教徒102人がメイフラワー号で66日の苦難の航海の末に新天地アメリカに辿り着き、ピュリタニズム精神を基礎に建国したことから「反知性主義」は始まっているという。つまりアメリカという国柄は、彼らの祖である清教徒たちがこの建国の地で育んできた独特の土着的ともいえるキリスト教信仰が作り出した「反知性主義」で彩られているという。
それではそもそも「反知性主義」とは一体なんなのか。「反知性主義」を一義的に定義することは困難である。言論界においては「低俗な風潮の空気感に覆われる社会的病理」、「領土問題、歴史認識をとおして高まるナショナリズム」、「非理性的で独善的な立場で物事を理解しようとする世界観」、「大衆迎合にフォーカスした政治やマスメディアのポピュリズムの気運」など様々な「反知性主義」に対する評論が展開されているが、この本はこれら評論を諒としながらもアメリカ独自のキリスト教こそが「反知性主義」の根本にあるという。
清教徒たちが入植したニューイングランドはイギリスの名門大学の卒業生の人口割合が大きくその殆どが牧師であった。入植時の人口は一万人そこそこで、まず家をつくり、礼拝の集会所をつくり、自治の体制を整える。次に教育施設となるが子どもたちの学校ではなく牧師養成のための大学をつくった。ハーヴァード大学である。
さて、いまアメリカのテレビに24時間流れている宗教に特化した番組がある。派手にショーアップされた教会に話術に長けた説教、気分を高める音楽などまさに集団的熱狂が渦巻く。この熱狂は入植時のキリスト教信仰の状況から色合いが変質している。入植時のキリスト教信仰から約110年後の二人の若者の死をきっかけに人々の宗教心が過度に高まり、キリスト教信仰者がさらなるキリスト教信仰に深化するいわゆる「信仰復興運動」となっていくことが現在の宗教の集団的熱狂の色合いとなっていった。この集団的熱狂こそ「反知性主義」の意味の大きなヒントとなっている。現実と乖離せる平等理念でありつつも宗教的熱狂が政治、経済、文化に影響力を及ぼしている。
著者は言う。「知性」とは何か。「知性」とは唯一人間がもつ能力で単なる対象への理解力や分析力のみならず自らへの「ふりかえり」の能力も包含しなければならないとする。それでは「反知性」とはなにか。「反知性」とは本来の「知性」の反転能力ではなく「ふりかえり」の能力が欠如した「知性」に対する反転能力のことだという。つまり「ふりかえり」することもなく対象へ一方的に向かう状況に反発する働きが「反知性主義」であり、例えば「反知性主義」は政治・経済の権益を握ってきた「ふりかえり」なきエリート群への反意として現れる。まさにドナルド・トランプの支持勢力を想起させる。
それではアメリカの「反知性主義」は世界に飛び火するだろうか。既に世界を見渡せばスターバックスやマクドナルド同様にキリスト教の集団的熱狂の光景をみることができる。ヨーロッパ各国の脱EUの様相はアメリカの脱グローバリズムと同期しているようにみえる。さて日本において「反知性主義」は浸透するのだろうか、だとしたらどうのように展開するだろうか。著者はこう読者に問いかけて終章する。
日本は幕末から今までアメリカという国と関わってきた。そしてこれからも関わっていく運命にある。日本はアメリカの文化に広範に影響を受けてきた。私も好きなアメリカの映画や音楽が多くある。にも関わらず私はアメリカという国の本当の姿が実はよく解らなかったが、この本を読んで少し理解の一助になったように思う。アメリカの入植時から現代までの精緻な歴史的考察を試みた秀逸な本だった。