紛争・虐殺そして飢餓

先日テレビのドキュメンタリー番組(3月16日放映の再放送)を観て改めて考えさせられた。

1994年にルワンダでツチ族とフチ族による内紛で悲惨な虐殺がおきた。100日間で80万人以上が殺された。「ホテル・ルワンダ(2006.1.14日本公開)」、「ルワンダの涙(2007.1.27日本公開)」などそのことを題材にした映画がいくつかある。また、ルワンダ紛争から22年経った今年、NHKBS1で二つのドキュメンタリー番組が放映されている。1月19日放映「殺人者34万人の帰郷〜ルワンダ虐殺22年目〜」と3月16日放映「「虐殺を越え “隣人”に戻るまで~ルワンダ・佐々木和之~」である。

ルワンダには死刑制度がないので虐殺に関わったおよそ34万人の加害者が刑期を終えて次々と釈放されている。いま被害者遺族や心身共に深い傷を負った被害者と虐殺の加害者が同じ村で隣り合って暮らしている。被害者と加害者の埋めることが難しい深い溝、被害者が未だに抱く加害者への拭いきれない憎しみ、加害者がどのように贖罪の心を被害者に伝えたらいいか自分で捉えきれていない心情、それらを二つのドキュメンタリー番組はきめ細かく伝える。

3月16日放映のドキュメンタリー番組では以前NGO職員だった佐々木和之さんが家族でルワンダに住み、深いわだかまりの溝を少しでも埋めることができないか模索する。加害者が被害者のために家を建てる「償いの家プロジェクト」、被害者と加害者が共に働く「養豚プロジェクト」などの試みをし、さらに被害者と加害者の対話の機会をつくる努力を根気よく続ける。

さて、シリア、アフガニスタン、イエメン、南スーダン、パレスチナ、ソマリア、朝鮮半島、ミャンマー等々、世界では今も停戦を含めて20箇所にものぼる紛争がある。

そして紛争によっていつも犠牲になるのは心身に障碍をもつ人、女性、老人、病人そして子どもなど弱い立場の人々である。国際連合世界食糧計画(WFP)、国際連合児童基金(UNICEF)、世界保健機構(WHO)、国際連合難民高等弁務官事務所(UNHCR)など世界の飢餓、栄養失調、難民問題に対応するべく国連の組織があるが、今も弱い立場の人々の困難な状況は変わることがない。特に飢餓という事態は深刻である。

世界の飢餓状況2015(WFPより)
世界の飢餓状況2015(WFPより)

WFPの世界飢餓状況地図(ハンガーマップ)を見ると飢餓の状況のただ中にあるのはアフリカ、アジア、中南米に集中していることがわかる。WFPのホームページを見ると世界にはおよそ7億9千500万人(世界で9人に1人にあたる)が十分な食糧が得られていなく、5歳になる前に命を落とす子どもの半数近くが栄養不良が原因で毎年310万人にのぼるという。

いま日本の様々なメディアで美食を楽しむ情報が華やかに報じられている。私も美味しいものをたくさん食べたいと思うことが度々である。そんなとき世界の飢餓のことを少しは頭の隅におかなければと反省するものの、私がそんな反省をしたところでどうなるものでもなく、ただの薄っぺらで欺瞞的な自己弁護でしかない。また、日本においても弱い立場の人たちに対するイジメ、ハラスメント、虐待など社会問題として取り沙汰されていても減少することはない。そういう日本の状況も世界の紛争・虐殺そして飢餓と無関係では無いように思う。

昨年亡くなった姉の遺品から毎月UNICEFへ寄付していた書類がみつかった。姉は家族のだれにもそのことを告げていなかったという。世界の紛争・虐殺そして飢餓を思い、姉のことを思うとき、私はいま何をしたらいいかを考えさせられる。

 

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