文字に飽いたとき開く本が絵本「アンジュール」である。作者はベルギー生まれのガブリエル・バンサン(1928.9.9~2000.9.24)。
身勝手な飼い主に走行中の車から放り出される犬が危うく交通事故から難をのがれる。その後あてもなく放浪したのち街でひとりの少年と出会って心を通わす。
最初、絵本の内容をみて「アンジュール」は犬の名前だろうか、少年の名前だろうかわからなかったが、フランス語で「ある日」という意味だと後日わかった。
棄てられた犬のある日の出来事をよけいな要素をできるだけ省いた生き生きとしたデッサンで表現し、人間の身勝手さ、生き物の命の尊さ、友情という出会いなどこの絵本は生きとし生けるものへの慈しみに満ちた物語を一語の文字をも用いずに完結させている。
東京に住んでいた時期にあるNPO法人の理事をしていて、バリアフリー関係の絵本を作る機会を持った。初めてのことなのでいろんな絵本を参考にする中でこの絵本「アンジュール」に出会った。まず表紙の振り向いた犬の表情に眼が奪われ、引き込まれるように最初のページを開いた。そして最後のページを閉じた瞬間、胸の奥から静かな感動を覚えたことを今も忘れない。
ガブリエル・バンサンは幼少のころからデッサンを描いていた。12歳の時、第二次世界大戦が勃発してから家族の生活は困窮しても描くことを止めることはなかったという。23歳のときにはブリュッセル美術アカデミーのデッサン部門で第一位を獲得している。関連本を見てもデッサンだけでなく、油絵、アクリル絵、パステル絵、水彩画にもその才能を発揮している。
彼女の絵本は文字を用いない絵だけの作品が多いが、いずれも説得力があり人々を魅了している。生涯50冊以上の絵本を出版しているなかで、特にこの絵本「アンジュール」はこれからの時代にこそ手に取るべき絵本であろうと思う。